オーストラリア・サンシャインコーストで日本料理教室を主宰して10年以上。私の教室には、地元の女性はもちろん、男性も子どもたちも家族や友人と笑顔で集い、まるで家族のような温かな時間が流れています。この料理教室の根底に流れるのは、「感謝」と「むすび(結び)」の心――それは武産合気道の精神に深く根差したものでもあります。
本記事では、合気道から学んだ“生かされている感謝”、ビジネスとしてのお金との向き合い方、そしてAI時代における“人のつながり”と料理教室の未来について、私自身の体験とともに綴っていきます。
はじめに:雪子先生の言葉から始まった「感謝」の原点
「自分は生きているのではなく、生かされている。そのことを忘れると感謝は生まれない。」
この言葉は、私が長年学んできた武産合気道の雪子先生からいただいたものです。人生や仕事観に、今も変わらず大きな影響を与え続けています。
合気道の稽古の中で、私は繰り返し「自分ひとりで生きているのではなく、たくさんの人、ご縁、そして目に見えない大きな力に生かされている」ことを教えられてきました。その実感は、オーストラリアでの日本料理教室にも深く息づいています。
合気道の本質は「むすび(結び)」――人と人、心と心、天地自然…あらゆるものを結ぶエネルギーが「愛」や「感謝」なのだと、私は感じています。
日本料理教室と“むすび”の心
私の日本料理教室は、地元サンシャインコーストの女性たちだけでなく、男性も子どもたちも大歓迎。親子で、友人同士で、時には見知らぬ人同士が、キッチンで手を動かすうちにすぐ打ち解けていきます。
餃子を包む手、野菜を刻む音、ごはんを炊く湯気――これらすべてが「むすび」の象徴。参加者が一つのテーブルを囲み「いただきます!」と声を揃える瞬間、誰もが自然と“支え合う喜び”を感じています。
ユーモアや笑いも大切にしています。教室では失敗もご愛嬌。「餃子が皮から爆発した!」「焼き加減ミスった!」そんな時もみんなで大笑いしてリカバリー。料理は真剣に、でも心はいつもリラックス。実はこの“心のゆとり”が、参加者の心を結び、教室を特別な場所にしてくれているのです。
家族の病気や困難が教えてくれたこと
私の人生には、家族の病気やさまざまな困難が訪れました。たとえば、7年前に母がガンと診断され、日本に帰国して看病を続けた時期があります。日々の不安や祈りのなか、分子栄養学の知識を生かし食事を見直し、高濃度ビタミンC点滴も続けました。母と心から向き合い支え合った日々のおかげで、昨年ようやく「寛解(かんかい)」という言葉を聞くことができました。
人は順調な時よりも、どうしようもない困難や、人の支えを痛感するような経験をした時にこそ、「感謝」を本当の意味で体験できるのかもしれません。
“ありがとう”は言葉だけではない
「感謝しましょう」とよく言われますが、頭で「ありがとう」と思うだけでは本当の感謝にはなりません。
私自身、息子が重い病気を経験した時、家族や友人、そして見えない誰かの祈りや応援の力を初めてリアルに感じました。そのとき、「自分はひとりで生きているのではなく、たくさんの支えがあって今ここにいる」と心から気づき、胸の奥から涙が溢れました。
本当の感謝とは、頭で考えるものではなく、「この人が幸せであってほしい」「誰かの健康を心から願う」時、自然と体の内側からこみあげてくる熱い想いです。感謝できる存在がいること自体が、すでに幸せであり、運の良さの証拠なのだと思います。
料理教室に息づく“感謝”と“むすび”
オーストラリアで日本料理教室を始めて10年以上。最初は言葉の壁や文化の違いに戸惑いましたが、料理を通じて心が自然につながり、「ありがとう」の輪が広がっていくのを何度も実感してきました。
料理教室のゴールは「上手に作ること」だけではありません。参加者同士が支え合い、失敗しても一緒に笑い合える時間、そして一品の料理をみんなで囲み「おいしいね」と喜びを分かち合う瞬間――それこそが、むすびの心、“生かされている感謝”だと思っています。
教室の中でよくあるのが、「ここに来ると元気になれる」「気持ちがふっと楽になる」「失敗しても誰も責めないから安心してチャレンジできる」という声。時には親子三世代、時には異国からの旅行者、さまざまな人生が一つの鍋やフライパンを囲み、「食」を通じて支え合う――そんな場所をこれからも作り続けていきたいです。
ビジネスとしての悩みと「感謝」のジレンマ
料理教室をビジネスとして続けていく中で、料金設定や値上げについて何度も悩みました。「お客様に感謝を伝えたい」「できるだけ多くの人に楽しんでほしい」「でも生活もあるし…」という葛藤は、今も完全には消えません。
安価にすれば喜ばれる一方で、自分が疲弊してしまい、心からの感謝やサービスが続けられなくなることもあります。また、「感謝」と「料金設定」に矛盾を感じたり、自己犠牲とビジネスのバランスに迷うこともしばしば。
ペルソナ(ターゲット)と“価値”の再定義
そんなとき私が自問自答するのは、「誰のために、どんな価値を届けたいのか」ということです。
料理教室の価格やサービス内容は、どのような方に参加してもらいたいか(=ペルソナ)によって変わります。「安く多くの人に届ける」だけが正解ではありません。むしろ「価値を本当に理解してくれる方に、正しい対価でしっかり届ける」ことも大切な“感謝の表現”だと思うようになりました。
お金と感謝の循環
お金もまた、感謝のエネルギーを形にしたもの。参加者からいただく受講料は、「ありがとう」という想いが形を変えて循環していくものです。
自分の技術や経験、心を込めて提供したものに、対価としてお金をいただく。それがまた自分の家族や社会を支えるエネルギーになり、さらに多くの「ありがとう」や幸せにつながっていく――この循環を意識するようになってから、少しずつ心のジレンマが和らぎました。
また、過剰な自己犠牲は逆に「感謝の質」を濁らせることもあると学びました。自分自身を大切にし、正当な対価を受け取ることは、サービスや感謝の循環を持続可能にするためにも必要なことです。
AI時代と“人間らしさ”の価値
今、AI技術が進化し、社会の仕組みや働き方が大きく変わりつつあります。人がやらなければならない単純作業や負担が減り、その分「人にしかできないこと」の価値がどんどん高まっています。
AIが代替できないもの――それは「心」「つながり」「共感」「気配り」「祈り」「感謝」など、人間らしさに根ざした分野です。料理教室もまさにそのひとつ。
これからは、表面的な“感謝”や“おもてなし”ではなく、「心から感じ、伝えること」がますます重要になっていくでしょう。料理教室でも、ただレシピを教えるだけでなく、「ここで過ごす時間そのもの」が価値となり、“心の交流”が生まれる場としての役割がより大きくなると感じています。
これからの時代の“感謝×ビジネス”の形
AIやデジタル化が進むほど、人と人とが直接つながるリアルな場や、心のこもったサービスの価値は高まります。お金も「もらうもの」ではなく、「感謝のエネルギーを循環させるもの」として捉え、自分自身も感謝を込めて受け取り、また社会や誰かの幸せのために送り出す。
これからの時代は、「感謝」と「ビジネス」を対立させず、両方が調和し循環する社会が理想だと思います。値上げや価格設定も、「感謝の放棄」ではなく、むしろ“感謝を持続可能にするための勇気ある選択”です。
まとめとメッセージ
私が伝えたいのは、「生かされている」「支えられている」と気付いたとき、自分自身にも他者にも優しくなれるということ。ビジネスにおいても、感謝をベースに正当な対価を受け取ることは、“感謝の循環”の一部です。
迷いながらでも、悩みながらでも、自分らしく「感謝」と「ビジネス」の交差点を探し続けること――それ自体がこれからの時代の豊かさにつながるのではないでしょうか。
「感謝で始まり、感謝で終わるビジネスをつくろう。いただくお金もまた、感謝の循環を続けるためのエネルギーです。」
最後に:日本料理教室を通じて伝えたいこと
私の料理教室は、単なるレシピの場ではありません。異国の地で、日本の“むすび”の心、感謝と愛のエネルギーを分かち合いながら、みんなが笑顔で集まれる場所であり続けたい――。
これからも、オーストラリア・サンシャインコーストで「忘れられない料理教室」を目指して、感謝とともに歩み続けます。